立川防災航空祭



【立川防災航空祭、約8300人が来場】
陸上自衛隊立川駐屯地(立川市)で1日、「立川防災航空祭」が開かれた。
航空ファンら約8300人が来場し、ヘリコプターの編隊飛行や、航空機の展示などを見て楽しんだ。
http://www.yomiuri.co.jp/local/tokyotama/news/20161001-OYTNT50223.html
自衛隊の活動に親しんでもらおうと毎年開催されている。2014年に噴火した御嶽山(長野・岐阜県境)で行方不明者の捜索にあたったヘリコプターなどの展示や、重機の操縦席に座れる体験が人気で、大勢の家族連れでにぎわった。都心部で震度7の地震が発生した想定で、災害救助活動も実演。陸上自衛隊のほか、警視庁や東京消防庁、災害派遣医療チーム(DMAT)らが迫力ある動きを披露し、来場者らは、「かっこいい」「すごい」と歓声を上げ、しきりにカメラのシャッターを切っていた。(読売新聞)


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来場者数が少ないですが、まあ、この周辺地域は反対団体の多い地域ですからね(※注)
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Fuji AH-1S  Kawasaki CH-47J Chinook
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Fuji AH-64D
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Fuji UH-60JA
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はくちょう(東消ヘリ) EC225LP

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おおとり2号(警視庁) アグスタ式AW139型
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陸自だけではなく、消防や警察、災害関係団体も展示
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災害用バイクという事で「BMW R1200GSアドベンチャー(2014-)

CB1300P(HONDA)警視庁
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カワサキ(KLX250)陸上自衛隊偵察用バイク
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雨の予報でしたが天気も持って曇り空でしたが無事に開催されました。
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余談ですが。立川飛行場の変革を記載します。



現在の立川飛行場は1982年3月から主に各官公庁のヘリコプターが運用されています。
陸上自衛隊立川駐屯地の一部であると同時に立川広域防災基地としての役割があることから、東京消防庁航空隊多摩航空センターや警視庁航空隊立川飛行センターが併設され共用しています。
シン・ゴジラでは、国家の災害対策本部が移動しましたね、大活躍です。

定期的に航空自衛隊のC-1輸送機や海上保安庁のヘリコプターが飛来。滑走路の長さは900mで、北側の長さ300mの過走帯(離着陸時の滑走に使用できる)と合わせると1,200mになります。


立川飛行場は大正時代の1922年、帝都防衛構想の陸軍航空部隊の中核拠点として開設
立川飛行場の隣には立川陸軍航空工廠などの軍の工場や陸軍航空技術研究所などがあり、新型機の開発、実験のみならず、大東亜戦争中には後身の陸軍航空審査部が前線でアメリカ軍やイギリス軍から鹵獲したボーイング B-17やホーカー ハリケーン、ノースアメリカンP-51などの試験飛行を行っていました。また少し離れた場所には陸軍獣医資材本廠がありました。

敗戦に伴いアメリカ軍は立川飛行場を接収して、既存の滑走路の東側に延長約2000メートル(オーバーラン含む)の新滑走路を建設。アメリカ軍は新滑走路から東側を極東航空資材司令部(FEAMCOM - Far East Air Materiel Command、 FAC 3011、通称フィンカム基地)、西側を極東空軍輸送飛行場(FAC 3012)として運用を開始しました。
朝鮮戦争時には主に物資や人員の輸送のために軍や民間のチャーター機が多く使用しました。

しかし、1950年代後半には、滑走路が短いが故にボーイング707やダグラスDC-8などのジェット輸送機の離着陸が困難だったため、アメリカ軍は立川を始め木更津、新潟、小牧、横田、伊丹の各飛行場の拡張を要求しました。
ところがこの計画に対して地元地権者や学生活動家が猛反対。1957年の強制測量をきっかけに【砂川事件】が起き、1959年には最高裁判所が駐留アメリカ軍の合憲性を判断する事態にまで発展した。1960年にベトナム戦争が始まったが、砂川事件の裁判が続き拡張計画の実施は停滞した。
アメリカ軍は横田飛行場(旧陸軍立川飛行場付属多摩飛行場)の滑走路を1300メートルから3350メートルに延伸し、兵員施設を整備して、1960年(昭和35年)から立川の軍事航空運輸サービスを順次横田に移転し、日本に全面返還しました。
1972年に陸上自衛隊の先遣隊は移駐を開始、立川駐屯地が発足。 (住民票問題)
東地区の旧極東航空資材司令部付近は所有者である立飛企業株式会社や新立川航空機株式会社に返還され、商業施設のほか都立砂川高校、市立中学校、市立体育館などの公的施設用地として利用されており、旧空軍病院付近はタチヒゴルフ練習場として利用されています。
その他の跡地は東部・中央部・西部の3地区に分割され、東側は陸上自衛隊立川駐屯地のほか、海上保安庁・警視庁・東京消防庁など各官公庁の施設が設けられ、立川広域防災基地となった。
1994年には、一部がファーレ立川として再開発された。また中央部は、昭和天皇在位50年を記念して国営昭和記念公園が造営され、多くの皆様に利用されています。
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